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タコハマドラクエ日記

パチもスロも打つ専業の日記です。ナニカを売らなければおカネは入ってこないという経済の大原則から自由になり得た我らこそ、ホンモノの自由人だー。見よ。我らにとっておカネは、木の葉よりも軽い!ちゃんちゃん♪
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ジタバタ日記
惜別に際して:
鮭は産卵が終ると、バタバタ死ぬ。
あんだけ川を埋め尽くす匹数のもんが、一斉に寿命が来るわけではあるまい。
一匹いっぴきは別々の鮭なのだから、別々の寿命があるハズで、なかには産卵を終えて余生をニジマスとして送る鮭がいたってよさそうなものである。
ところがそうはならない。

川を遡上するのに全エネルギーを使ったから死ぬやらいわれるコトもあるけれど、それなら長い川の鮭は早く死んで、短い川の鮭はニジマスになるのか。
日本の短い川の鮭も、大陸の長い川の鮭も、産卵が終ったら、たぶんみんなすぐに死ぬのである。
川を上るまでは川の長さは判らないし、途中に新しいダムだって出来るのだから、一斉に死ぬほど正確なエネルギー配分を鮭に求めるのは、無理があろう。

いちばん自然なのは、産卵が、積極的な死のスイッチになっているという仮定である。
鮭のカラダはたぶん、積極的に死ぬのだ。
人間に、50歳でヨボヨボしてるよな人もいれば、90歳でカクシャクとしてる人もいるように、鮭だって消化管や循環系やらまだまだ使える鮭はたくさんいるだろうに、それでもみんな死んでしまうのは、積極的に死ぬという以外に、言い様がないであろう。
つまり、死ぬことには、生き物としてなにか積極的な意味があるのではなかろうか、と思うのだ。

タコハマさんの歳になると、仲の良かった人やお世話になった人が、けっこう世の中からいなくなる。
積極的な死は、そんな淋しい機会の度に育ててきたコリクツである。
本当に真実を知りたいならば、いっぺん自分も死んでみたらよいのであろうが、そこまでしては知りたくない。(爆)
コリクツは、コリクツのままがよいのだ。

神サマの影が薄くなっている現代の日本は、将来の世界の姿でもあろう。
もともとこの世のものではないのだから、影が薄くなるのは、正しい方向であると思われる。
ぶっちゃけ自分に満足していて、科学の恩恵に浴しているもんにとって、神サマなんぞ信じるのは、せいぜい死のみっか前くらいのもんではなかろうか。
もしも、死ぬことに積極的な意味があるコトが分かれば、そのみっかも必要なくなることであろう。
現代人は、ドライに生きて、ドライに死ぬのだ。

でも本当は、産卵を終えた鮭の夫婦の何組かは、余生を幸せにニジマスとして暮らしているんだけど、誰も知らないだけなんだよ^O^。


10月10日(土)
いちんちヤボ用。

一週間、更新お休みじゃなかったの?

ヤボ用は、飽きるんだよう。(爆)
Comment
≪この記事へのコメント≫
実は・・
このブログで一番好きなのは、『タコハマさん独自の視点からの生物学的コラム』です。
いや、もちろんパチ日記も好きデスヨ (・∀・;

神を信じる時・・それは、おなかが痛くてトイレにこもっている時。
そんな時は心の底から、真剣に神に祈ります(笑)

なんて冗談はさておき、


>アタシなんぞと違って、じんさんめでたいコトたくさんあるではありませんか^^。
あるのでしょうか・・何故か涙がこぼれました。

今の私の心境は・・余生を幸せにニジマスとして暮らしたい気持ちです・・誰も知られずに。
2009/10/11(日) 14:24:57 | URL | じん #-[ 編集]
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